大変動する世界

2016年10月1日、世界は大きな転換期を迎えて混乱していた。騒ぎに乗じて金儲けを企む人、今まで通りの平穏を願う人。望んでいなくとも、世界が変われば僕たちはそれに巻き込まれることになる。

新しい米大統領が就任し、あらゆることががらりと変わってしまったのだ。

そんな日に、僕は彼女と同棲を始めた。専門学校を卒業した二人は晴れて社会人となり新しい生活が始まった。

休日、まだ生活感の全くない部屋で彼女を見送ったあと、家にサークルの後輩が訪ねてきた。

「先輩はいつも、分かりやすかったですよね」

そう言って後輩は、少し泣きそうな目をして苦笑いした。あいも変わらず可愛かった。サークルの男たちがこぞってその後輩を取り合っていたが、結局誰も付き合うことはできなかった。僕も、そんな男たちの一人だった。

「告白はされませんでしたけど、外堀埋めようとしてるなあって。だから、私は…」

そこで言葉に詰まる後輩を見て、ああ、両思いだったんだ、と知った。僕が告白するのを待っていたのだと思う。それなのに僕は。

「先輩のこと、好きでしたよ」

僕にはもう彼女がいて、後輩への想いは忘れたはずなのに。健気なその笑顔を見て、僕は自制することができなかった。目を瞑って唇を重ねる。彼女とは違うキスの感触が、唇の柔らかさが、ただただ愛おしかった。

埋められなかった距離を取り戻すみたいに触れ合って、抜いで、肌を重ねて。そこで僕は冷静になった。

「彼女が、帰ってくるから」

嘘をついた。嘘を付かないと、後輩との行為を止められなかった。後輩も、それが嘘であることを見抜いていたと思う。最後にもう一度だけキスをして、後輩はわがままを言うでもなく、家を出て行った。

とてつもない後悔に襲われた。彼女はこれを浮気と言うだろうか。どちらにせよ、このことは僕と後輩の秘密だ。過去の自分に報いるための秘密だ。

何事もなかったように彼女の帰りを迎えて、食事に行った。サークルの同期の友人が二人来て、イタリアンで夕食になった。二人は、僕たちの新しい生活を祝ってくれた。

がたんと、店の戸が乱暴に開けられる音がして目を向けると、小中時代に親しくしていた友人が僕を呼び出した。突然のことに驚きながらも彼の話を聞く。

「今なら100万円が1億円に変わる。ありったけの金をくれ。何百倍にもなって帰ってくるぞ。今しかないんだ」

いきり立った彼が怖くなって、また後で連絡するから、と言って彼を帰した。彼が明らかにおかしなものに手を染めてしまっていることに悲しくなったが、その言葉を信じてしまいそうになるくらい、世界は激動していた。株価は20%もの高騰を見せた。食品の物価は変わっていないが、医療費は格段に下がり、日用品はバカみたいに高くなった。全て今日1日で起きたことだ。

席に戻ると、彼女と友人二人が心配そうに僕を見た。

「大丈夫。悪い人じゃないから」

店を後にして、彼女と手を繋ぎながら新居へと帰った。彼女は僕と後輩の出来事を何も知らない。知らないままにあの家に帰る。

僕も彼女のことを何も知らない。今日彼女が出かけた先も、誰に会っていたかも知らない。知らないままにあの家に帰る。

大変動する世界に巻き込まれ、飲み込まれながら、僕たちは何も知らないままに、平穏な日々を生きようと努めていた。