読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

俯くおじさん

JR総武線のとある駅のホームで、俯くおじさんを見た。俯くおじさんは右手に持ったSuicaをただ見つめていた。その目は虚ろで、世界中の悲しみを背負っているみたいだった。

僕はその瞬間わかってしまった。何もかもわかってしまった。だから、流れ出した涙を拭いながらこれを書いている。

彼は名を石田弘道という。石田さんは、こう言っては失礼だがどこにでもいる普通のサラリーマンだ。家電メーカーに30年間勤め、それなりの信頼を得て課長になった。石田さんは多くを望まずに生きてきた。かといって、怠惰に生きてきたわけでもない。

25年前に、当時所属していたバドミントンサークルで出会った女性と恋に落ちた石田さんは、2年間の交際を経て結婚した。早いと思わないこともなかったが、彼女、西牧八重さんへの愛情はどんなことがあっても枯れはしないと確信していた。西牧さんにとっても石田さんのひたむきで不器用な愛は、この人と生涯を添い遂げたいと思えるものだった。

そして彼らは、誰かにとっては退屈な、また誰かにとってはこれ以上ないほど幸福な、穏やかな結婚生活を送った。たまにある喧嘩さえ、彼らにとっては愛の表現に他ならなかった。

ただ、彼らは子を授かる事はなかった。子がほしくないわけではなかったが、子作りに励むわけでもなかった。神さまが、私たちにずっと二人でいなさいって言ってるんだね。そう言って微笑む彼女を見て、彼女さえいれば良いと、彼はそう思った。

ところで、彼が見ていたSuicaは定期券だ。3月から9月までの津田沼品川間を自由に行き来できる定期券だ。しかし、僕が彼を見たのは津田沼駅ではない。

西牧八重さんは3月に病床に伏して亡くなった。一人で住むには広すぎる一軒家を売り払って、アパートの一室を借りた彼は、もう津田沼に帰る事はない。

彼は俯いて、今日会社に払い戻すよう言われた定期券を、ただただ、じっと見ていた。