はじめてひとりで飛行機のった

 

 

がごごごご、と乱暴な音を立てて車輪が地面に当たる。ぼくは、まるでジェットコースターに乗っているときみたいに強く足に力を込めていた。着陸したとのアナウンスが機内に流れる。

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ぼくは、東京の下町の、至って普通な家族のもとに次男として生まれた。両親と、6つ歳の離れた兄と、黒のラブラドールレトリバーが家族だった。

幼少の頃から怖がりで、暗いところに行くと父親にだっこをねだり、ガメラのおもちゃが音を立てて動き出すと泣き喚いた。そのくせ、人一倍、一生懸命、大人ぶった。兄が6つ離れていたこともあり、自分だけがガキんちょなのが悔しくて、自分だけが夜の10時に寝ないといけないことに納得がいかなかった。布団の中にぼんやりと聞こえて来る居間の話し声は、ぼくだけを除け者にした密談みたいだった。

年をとるほどに、ぼくは精一杯背伸びをするようになった。4月生まれで周りより少し身体が大きかったことや、兄の友人に混ざって遊ぶ中で、なんとなく、自分は同年代よりもずっと大人なのだと思っていた。兄の進研ゼミの付録を勝手に借りて先の勉強をしたりして、自分だけがみんなより先に行っていることに優越感を覚えた。

より悪いことに、ぼくはだんだんと人より遅れることに恥ずかしさを覚えるようになってしまった。ぼくはみんなより大人で、たくさんのことを知っていて、みんなが知っていることを知らないはずがない。そんな虚栄心ばかりが大きくなってしまった。

だからぼくは、知らないことを誤魔化すようになった。うまく誤魔化せるくらいには、ぼくは狡猾だった。知らないことを知らないと言うのが恥ずかしくて、新しいことに挑戦する勇気がなくて、ぼくはどんどん世間知らずになった。なんでもわかってるみたいに余裕のあるフリをして、その実なんにもわかってなかった。

SUBWAYの注文の仕方。 タクシーの乗り方。 映画のチケットの取り方。 病院のお見舞いの仕方。 新幹線の乗り方。 宿の取り方。 洗濯機の回し方。 料理の仕方。

わかったフリして友人や家族に任せて。何にも分からないまま身体だけ大人になってしまった。大見栄切って一人暮らしを始めたあとの生活はひどいものだった。粉末洗剤も水に混ぜれば液体洗剤になると思って試し、固まって洗剤を入れる穴が塞がった。もやしが安いからと買い、火を通さず食べて吐くほどまずかった。初めてのデートで映画のチケット発券機の前でオロオロして幻滅された。きっとみんなからしたら馬鹿みたいな失敗を何度もしてしまった。

大学生になって、社会人になって、少しずつ、いろんなことに挑戦している。みんなが当たり前にできることを、遅れながら、あの頃避けてしまった恥ずかしい思いをしながら、少しずつ覚えている。ひとりで新幹線に乗るのも、宿に泊まるのも、胃が痛くなるくらい緊張しながら。

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今日は、はじめてひとりで飛行機に乗った。相変わらず大人ぶって、空港のラウンジでコーヒーを飲んだ。店員さんが「ラウンジでは〜〜」と話すのをうまく聞き取れなかったけど、わかったフリしてうなずいた。ラウンジでは搭乗案内が流されないということを、あとになって飛行機に乗り遅れそうになってはじめて知った。飛行機に乗ったあとの腹痛はひどいものだった。出発から到着まで緊張しっぱなしで、少し具合が悪くなった。なんとかたどり着いて、宿泊先の近くのイタリアンで大人ぶってワインを飲み、何かもわからないままアヒージョを頼んだ。何かスープみたいなものがぐつぐつ沸騰していて驚いた。よく分からないまま全部飲み干して、店員さんに怪訝な顔をされた。スープみたいなぐつぐつは、普通飲み干さないみたいだ。

相変わらず見栄っ張りで世間知らずで怖がりな自分と、ぼくはなんとか付き合っていかないといけない。いつの日か、ちゃんと、あの頃憧れていた大人になれるように。