死にたい

家は冷たかった。外はうるさかった。居場所がないなら作ればいいとはよく言うけれど、私はそんなに器用じゃなかった。閉じた世界から逃げ出す術も知らないままで、なるべく摩擦を起こさないように努めて生きていた。だけれど、私がどんなに静を求めたところで私以外が動く世界は摩擦を生んで、軋んだ音が耳障りになる。

そんな中でも一緒にいてくれた友人を心から信頼してた。笑顔が素敵でキラキラしていて、なんで私なんかと一緒にいるのだろうと思っていた。高校二年目の二学期が始まった日のお昼に「わたし、今日から別の子とご飯食べるから」と言って去った彼女の後ろ姿を見て、なんだか笑えた。その日食べた昼食はトイレで吐いた。

死にたい、とよく思った。死のう、とはあまり思わなかった。生きる動機が無いのと同じくらい、死ぬ動機もなかった。私は結局無気力に生きることを選んだ。何も望まないように。心を閉ざすと言うほどたいそうなものでもなかった。空っぽの心を、そのまま空っぽにしていただけだった。

社会人になって二年目の春。彼が私に告白したとき、正直に言えば、気持ち悪いと思った。私が誰かの頭の中に住んでいるなんて信じられるわけがなかった。きっと、押し倒せばヤれそうな女に見えているのだと思った。だから、押し倒してヤろうとしている男だと思った。

振られても彼はめげずに「友人からでいいから」といった。「君のことがもっと知りたいんだ」とも言った。空っぽの何を知ると言うのだろうと思ったけれど、そんなことを話してもしょうがないから適当にあしらった。それでも彼は、ことあるごとに私に近づいてきた。

逃げ出すような場所も気力もなかった。ヤれそうな気もないと分かったら早々に手を引くだろうと思っていた。それは誤算で、どうやら彼の頭の中には本当に私が住んでいるみたいだった。そうこうしているうちに、私は一番知りたくない自分に気づいてしまった。彼のことが好きになっていた。

死にたい、とより思った。死のう、とも思うようになった。生きる動機ができてしまって、それは死ぬ動機にもなった。無気力に、何も望まないように生きてきた私に居場所があった。彼の頭の中に私が住んでいる内に、空っぽの心が乾きを知る前に。

死にたい、と思った。