行きずりの女

「別にあなたじゃなくてもよかった」

そう言って彼女は藍色のシャツを脱いだ。

「別に君じゃなくてもよかった」

そう言って僕は臙脂色のズボンを下ろした。

愛のない二人の行為は淡々としていて、それなのに情欲だけは駆り立てられていく。乱暴なやり方に彼女は何度か痛がったが、それも冷えた食事の香辛料にしかならなかった。

ぶちまけるだけぶちまけた後の、水場から響く彼女のシャワーを浴びる音がやけに耳に障った。奇妙なほどに長く感じる彼女が戻るまでの時間。一生懸命汚れを落とす彼女の裸体が頭に浮かんで、僕は不味いタバコの火を消した。

「別にあなたじゃなくてもよかった」

終電を待つ渋谷山手線のホームで彼女は言った。

「別に君じゃなくてもよかった」

別れ際、蒸し暑さと人混みの中で僕は言った。

手も降らずに乗った最終電車。ドアが閉まるほんの少し前。

「でも今日あなたに会えてよかった」

そう言った彼女に振り返ることができなくて、僕は鬱屈とした電車の中でただ茫然としていた。